はじめに
この記事では、私が休職に至るまでの経緯を書いています。
職場環境の話や、体調が悪化していった時期のことも含まれるため、
同じような境遇の方が読んだ際、
気持ちが引っ張られてしまうこともあるかもしれません。
今、しんどい方は無理せずこの記事は読み飛ばしてください。

きっかけ:配属先の変更
適応障害の再発のきっかけは配属先変更でした。
配属先は、人員の入れ替わりが激しい場所でした。
辞めていく人が多かった分、業務が次々と残され、
仕事量もどんどん増えていきました。
でも、1番しんどかったのは
いわゆるパワハラのような言動が、日常的にある環境だったことです。
(だから人が足りなかったんでしょうね…)
職場の空気がとても悪かったことを覚えています。
休職半年前:少しずつ崩れ始めた
この頃から不眠の日が出てきました。
ストレス発散の方法が「食べること」しかなくなり、
過食の頻度が増えていきました。
その結果、体重も増えていきました。
休職2ヶ月前:眠れない日々

不眠の頻度はさらに増えていました。
「眠れない、寝ないといけないのに…」
こうして眠れないうちに色んなことを考えていました。
「明日はどんなことで怒られるんだろう」
「自分がもっとちゃんとできれば…」
なんていろんなことを不安に思いながら、
毎日3時過ぎまで眠れない日々でした。
一緒に起きていてくれたパートナーにも申し訳なく、
余計につらかったのを覚えています。
頭が働かなくなっていく感覚
仕事中、人の話を聞いているはずなのに
内容が頭の中でまとまらない。
何を言われているのかわからないまま会話が終わったり、
”これ、前に言っておいたよね?”
なんて言われてしまうことが増えました。
このままでは現場に迷惑をかけてしまう。
ここで私は所属会社に、
「配属されている現場をやめたい」と伝えました。
現場終了:限界がすぐそこに
現場が終了する頃には、めまいや頭痛の頻度が増え、
体調が悪い日が多くなっていました。
人と会いたくなくなり、
孤独感がとても強くなっていく感覚がありました。
休職へ
当初、所属会社には今の現場で業務を続けるための
環境改善の相談等もしていましたが、
会社と現場間のやり取りがうまく進まなかったようでした。
そして、この現場が終了する頃には、
新しい現場に行っても勤務ができる状態ではなくなってしまい、
休職することを決断しました。
振り返って思うこと
休職してからの回復過程は、
これから少しずつ振り返っていくつもりです。
「私よりしんどい思いの方はもっとたくさんいる」
「もっと頑張らないと」
「みんながんばってるのに休むなんて…」
こんな風に私は考えすぎていましたが、
今は休職してよかったと思えています。
一度目に適応障害になった際には、
こんな風にも思っていました。
「こんなの全然病院に行くほどじゃないから…」
でも、適応障害と診断されたとき、
私がこんなにしんどかったのは甘えじゃなかったんだと、
ほっとしたのを覚えています。
同じように苦しんでいる人がいるなら、
まずは休むという選択があっていい。
今、私はそう思えています。

最後まで読んでいただきありがとうございました。
次回は休職に入るまでの手続きや、
有給の話などを書きたいと思っています。


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